体調、時間、今日起きた出来事、みたもの、生きることのすべての要素が思考に影響を与える。彼のことをいくら信じようと努めても、怒り、不信感、絶望、様々な感情が襲いかかってきて疲弊する。毎日必死に自分の脳みそと戦っているようだ。いっそ自傷行為でもできれば楽になれるかもしれないと思い至って、しかしその現実をいつか彼に突きつけるのが恐ろしくなる。お前のせいでお前の妻が自傷して廃人になったんだぞという現実を作り出したくない。
最も、私のことなど構わず、夫が失踪した妻という現実をすでに彼は作り出しているがな。このまま生きていけば、それは失踪した夫が生きて帰ってきた妻になるやもしれないし、失踪した先で夫が命を亡くした未亡人になるやもしれないし、失踪した夫が一生帰ってこなかった妻になるやもしれないし、元夫が失踪した独身女性になるやもしれない。自分を殺しにかかる最悪な未来があまりにも多いが、そんな空想の中にしか存在しない、訪れるかもわからない現実よりも、今が苦しい。
本当に彼のことがどうでもいいのか。では彼が明日帰って来るならどうかと考えてみて、それはやはり限りなく嬉しい。生きていてよかった、耐え抜いてよかったと彼を想えるのがまたなんとも虚しい。制御不能の心が暴れているように見えて、その想いを許しているのもやはり私自身なのだから。
何故帰ってこないのか、私になにかあってももうどうでもいいのかと傷心する中でも、まだ二人で共に築き上げたこの家に住めることが、彼のために家を守り待ち続けられることが嬉しい。二人の愛情の欠片があちこちにあるのが、最初こそ地雷の導火線のように負の感情を爆発させていたが、今では残骸でも舌先でかすかな風味を味わえるのがなんとも嬉しい。
彼を憎む私も彼を愛する私もいる。両者が引っ張り合う中で、私自身が分裂して引き裂けれないように取り持つので精一杯だ。