延命治療

今の私には、とてもじゃないけど彼のいない世界で生きていこうとは思えない。彼がいない人生と向き合えば向き合うほど、なんて意味のない時間なんだと気付かされる。どんなに美しい景色も、素晴らしい人間も、面白い娯楽も、私にとってはまるで無意味に感じる。世間にとっては宝物でも、私にとっては彼の髪の毛一本の価値もない。虚しい。何一つ幸福の種になりうるとは思えない。

彼がいない人生を受け入れる。彼の行方がわからない不確かさを受け入れる。これらがゴールとして推奨されているのは知っている。確かにそれができるなら生きていけるだろうなとも納得する。しかし今はどうしてもできない。なぜ生きなければいけないのだと反論したくなり、目指したいとすら思えない。むしろ、たった半年でそう思えるほうが気が狂っているんじゃないかな。

治せない病気は延命治療をするしかありません。

私は彼の生死が確定するまで、もしくはどちらかの可能性が限りなく0に近づくまで延命したい。だましだましでも、できることをやって少しでも崩れそうな自分を繋ぎ止める。このくだらない意味のない世界でできるだけ苦しまずに生き延びる。どれくらいの時間になるのかは私の心の変化にもよるけど、七年あれば失踪宣告ができて、彼の所持金もとうに切れる。あまりにも膨大な時間だから、普段は意識せずにただ目の前の一日一日を過ごしたい。じゃないとあまりにも遠くて怖気付く。結果的にもっと遅かったり早かったりするかもしれないけどね。

延命治療ですら極めて困難だけど、少なくとも目指そうとは思える。そして私は自分の運命を、治療を乗り越えた先の自分に委ねる。それまでに彼が帰ってくるかもしれない、帰ってこないかもしれない。必死に延命した先で死ねるなら本望です。

もしかしたら、その間に彼のいないこの世界で生きる意味を見いだせるかもしれない。彼を失った悲しみや寂しさと共に生きられるようになるかもしれない。そんな可能性は完全には否定できないけど、考えただけで反吐が出る。なんなら、私がひょんなことから死んで、悩む必要すらなくなるかもしれない。

どの道私の目標は、ただ一つ。延命。一秒一分一時間一日でも多く生きる。時間とはこの世で一番予測不可能なびっくり箱であり、唐突に彼との出会いという奇跡のような祝福を授け、またあまりにも早く彼との別れという喪失を与えたのと同じように、また何か予想打にしないことが起きるのかもしれない。

彼と再会できるなら夢のような結末だろう。彼がもうこの世にはいないと知らされること、もしくはずっと行方がわからないままならある程度予想された結果。だけどびっくり箱から何が出てくるかなんて結局誰にもわからない。不確かさを受け入れるというのは、時の流れに身を任せることでもあるかもしれない。

死神の手のひらから落ちた砂を必死に掴み取ろうとしているようだ。

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