あいまいな喪失(行方不明、認知症、離婚のような不確実な喪失)の本では、自分が亡くしたもののリストを作るべきだと言われている。通常の喪失よりも認識しづらいから、自分でまとめないと心が混乱して苦しみの源になりやすい。
行方不明の場合、いなくなった人が帰ってきてくれれば何も失わずに済むと思ってしまいそうだけど、そうではない。例えば私は、失踪前に彼との未来を思い描いて、一生共に過ごすと想定して人生計画をたてていた。彼の失踪で私は、その思い描いた未来を失った。では彼が帰ってくればその未来を取り戻せるかといえばそうではない。
主人が失踪するとは想定していなかったわけだから、私が最初に思い描いていたのは失踪したことがない彼との未来だった。例え彼が帰ってきてまた夫婦を続けていくにしても、物理的にも精神的にもそれはもう別の形の未来になる。
私個人の場合、物理的には彼がオーバーステイになったから、数年間は上陸禁止期間があって一緒に暮らすことができず別居という形になる。さらに彼が帰るまでの間私は一人暮らしをしているから、元々の想定よりは二人で過ごす時間が少なくなるだろう。精神的には理由はどうであれ一度信頼に大きな傷をつけたからには、今まで通りの関係を続けるのは難しい。たくさん話し合って、長い時間を使って回復する必要があるかもしれない。
彼という人間を失うのと比べれば小さな喪失だけど、だからといって蔑ろにしてはいけない。人は得体のしれない苦しみに恐れや不安を感じる。現時点で何を失っているのか認識することで、自分の苦しみの原因がわかって安定しやすくなる。
彼が失踪する前の出来事を思い返すと、すでにたくさん、本当にたくさんのものを失った。喪失に喪失を重ねる一年だった。うつ病で今まで目指していた職業を諦め、精神的に不安定だったため友人とも距離をおいたことで疎遠になった。それでも彼と一緒に生きていきたい、いつかきっと回復して新しい目標を見つけられると信じて、バイトを始めてリハビリに励んでいた。いきなり正社員では再発するのではないかと心配していたのでバイトにしたのですが、見事な先見の明だった。実際週四勤務一日四時間のバイトでもかなりきつかった。大変だったけど、なんとかあと一ヶ月未満で有給を貰えるようになるタイミングまで続けていた。体力的にいつものシフトをこなしつつ彼とお出かけするのが難しくて遊びに行けてなかったから、有給を取ったら久しぶりに日帰り旅行でもしようと彼に話していた。楽しみに頑張っていた。彼はいなくなった。
ショックが大きすぎて自分の人生を振り返る余裕もなかったけど、うつ病のことを話すとカウンセラーの方に喪失を重ねていたのですねと言われ、確かにそうだと初めて気づいた。もう自分の人生には何も残っていない気がするという言葉が口から出てきてびっくりした。すべて失ったと頭でも考えていたけど、それは彼を失ったことを指していたのだと思っていた。そうか、それ以外にもたくさんのものを失ったんだな。自分では当たり前のことに気づくのも難しい、岡目八目だ。
彼だけでなく、ここ数年で失ったものをすべて挙げてみるのもいいかもしれない。徐々に自分の人生を理解していくことで、今やるべきことが見えてくることを願う。