絵と文字

 精神が苦しみに耐えきれず死を願う時はいつもいろんな作品に助けられていた。音楽、漫画、アニメ、小説、映画などなど。その時の苦しみに合致する何かを必死に探して、見つければしばらくは苦しまずに延命できる。気づけばまた地獄の底に落ちてはまた蜘蛛の糸を見つけて這い上がる。何度も繰り返していくうちに、もはや登るのも落ちるのにも疲れてしまった。もうずっと、地獄で暮らすか死ぬか。難題である。

 近頃、創作に助けられている。苦しい原体験を昇華させることを目的とする創作者は多いのではなかろうか。他人の作品の続きが出るまで生きて、終わればまた新しい作品が出るまで生きる。自分の作品を完成させるまで生きて、完成すればまた新しい作品を始める。このループを生きる意味にするのが、他人の存在に依存せず一人で持続しやすいのでいいのかもしれない。

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思考の揺れ

 体調、時間、今日起きた出来事、みたもの、生きることのすべての要素が思考に影響を与える。彼のことをいくら信じようと努めても、怒り、不信感、絶望、様々な感情が襲いかかってきて疲弊する。毎日必死に自分の脳みそと戦っているようだ。いっそ自傷行為でもできれば楽になれるかもしれないと思い至って、しかしその現実をいつか彼に突きつけるのが恐ろしくなる。お前のせいでお前の妻が自傷して廃人になったんだぞという現実を作り出したくない。

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冷や汗が肌につく目覚め

 長い間過去も今も夢のように思えた。一緒に過ごした時間も、今一人だけポツンと生きている今の現実も、すべて夢のようだった。起きているのか寝ているのかもよくわからず、ただ時間をすりつぶしていく。近頃、ようやく少しずつ受け入れ始めた。一緒に過ごした幸せな過去も、いま彼がどこにもいない現実も、どちらも本当のことだ。現実で起きた出来事だ。

 それでもふとした時に、まるで悪夢から目覚めたような感覚に襲われる。一体自分は何をしているのか、どうして今ここにいるのか、何一つわからないという自覚が急に芽生えてくる。例えば私は今でもよく学校で宿題やら課題やらを忘れて、これでは卒業できなくなると焦る夢をよく見るが、そこから急に目覚めた時に感じる混乱に似ている。自分は疾うの昔に卒業したことをゆっくりと思い出してやっと落ち着く。だけど現実では目が覚めることはない。実は勘違いだったなどというオチはない。生きる気力と理由を失っているのに、毎日起きてご飯をたべて寝る日々にとてつもない違和感が生じる。あたりを見回してもやはり心当たりはなく、映るものはどれもぱっとしない。彼を失っているのにこんなくだらない物事に時間を費やしているのかと万物に対する気持ちが冷めていく。

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致死性の罪悪感

 彼がいなくなったあとに幾多数多の苦しい感情を経験したが、その中でも一番私を死に至らしめるのは罪悪感。私のなにかが彼を苦しめ、それが結果的に彼という人間の命が失われることに繋がったのではないかと考えるだけで、自分に対する憎しみから殺したくなる。私がこの世の何よりも愛したただ一人の彼。独自の考え、好き嫌い、理想や夢を持つ一つの鮮明な命が私のせいで失われたのか。私が存在したために失われたのか。あまりにも憎い。腸を撒き散らしながら小汚い道端で死んでほしい。

 行方不明というのは結局生きている可能性も死んでいる可能性もある、それ以上でもそれ以下でもない。故にまだ自分を説得できる。まだ彼のためにできることがあるから生き延びるべき。彼が生きていると信じることで少しでも生きながらえるのなら信じるべき。このようなロジックで自分を説得できる。どう足掻いても苦しいのは変わらないけど、少なくとも今のところ希死念慮を和らぐことはできた。

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他人のために生きたくないけど生かされている

 夫が失踪してからは会話の相手も会う人間も殆どが義母一人になっている。失踪についてはいなくなった次の日には義両親に伝えていたが、義父は実家に滞在して義母が駆けつけてくれた。

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苦しんでほしい、幸せになってほしい。自分が憎い、あなたが憎い。

 私は彼に対する罪悪感で自分が憎いと感じるのと同時に、今までの人生で他人の言動で自分が不幸になってきたことに対する怒りを感じる。自分を苦しめたい気持ちと幸せになってほしい気持ちが両方ある。

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聞かれない安心

水道業者の方に漏水の疑いがあると教えていただき、トイレの水がずっと流れていた事に気が付きました。寂しさと怖さを感じました。電話が苦手な私のために、家のことはいつも夫が代わりに電話をしていました。私を大切にしてくれる彼はもういないのだと、こういう時いつも痛感します。そして、今住んでいる物件は夫の名義で契約しているので、何故夫はいないのかと聞かれるのが怖かった。実際、家賃を代わりに支払うために問い合わせた時は、なぜ今まで通りに振り込みで支払えないのか聞かれた。仕方なく失踪している件を伝えると、相手は少し困ったリアクションをしていたが、特に触れずすぐに手続きを進めてくれたことを覚えている。ありがたかった。

今は家にいないと答えると、何かしら署名が必要とか、どうしても本人がいなければいけない場合は嘘をつくべきか、どんな嘘をつくべきかと思い悩んでいた。

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ロバの耳

主人は私の最大の理解者だった。彼と一緒にいた時は、どんな些細なことでもすぐ彼と話して相談していた。自分のことなら何でも知ってほしいと、嬉々として友人におもちゃを見せる子供のようにワクワクしていた。彼は最初に付き合い始めた頃によく私は何でも自分で抱え込みすぎるから、どんなことでも頼ってほしいと言っていた。私はその助言を受け入れて少しずつなんでも言うようになったが、彼の方は私が何度伝えても結局自分の心中を隠して、悩みが解決してから実は辛かったとやっと教えてくれるようなことが度々あった。

私が彼を頼りすぎてしまったばかりに苦しめてしまったのではないか。当時は彼に胸の内を告げてほしいとあまりにもしつこく主張するのは、かえって彼を追い詰めてしまうのではないかと考えていたが、それでももっと強く頼ってほしいと伝えたほうが良かったのではないか。そう思うと胸が苦しい。

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すでに亡くしたもの

あいまいな喪失(行方不明、認知症、離婚のような不確実な喪失)の本では、自分が亡くしたもののリストを作るべきだと言われている。通常の喪失よりも認識しづらいから、自分でまとめないと心が混乱して苦しみの源になりやすい。

行方不明の場合、いなくなった人が帰ってきてくれれば何も失わずに済むと思ってしまいそうだけど、そうではない。例えば私は、失踪前に彼との未来を思い描いて、一生共に過ごすと想定して人生計画をたてていた。彼の失踪で私は、その思い描いた未来を失った。では彼が帰ってくればその未来を取り戻せるかといえばそうではない。

主人が失踪するとは想定していなかったわけだから、私が最初に思い描いていたのは失踪したことがない彼との未来だった。例え彼が帰ってきてまた夫婦を続けていくにしても、物理的にも精神的にもそれはもう別の形の未来になる。

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可能性よりも信じたい気持ち

私は昔からペシミストで現実主義者だった。常に最悪な結果が起こるだろうと想定して生きてきたからか、それもあってか小さなトラブルで不安になりやすい。また、現実から目を逸らしてはいけないという妙なプライドがあって、学生の頃は現実逃避をしている友人や同級生にイライラして刺々しい言葉をかけていた。成人してから度々申し訳ないことをしたと思っていたが、今はさらにそれを痛感する。

私は、自分が楽観的に考えたり期待した結果傷つくのが怖いから、そういう性格になったのだと思う。自分が100傷つかなくていいように、60ぐらいさきまわりして傷ついておく。その結果どんどん心労が蓄積されていく。小心者でビビリで、なのに責任感が強いからすべて一人でなんとかして抱えようとする。夫が失踪した件において、この性格は私を大きく苦しめた。

私は自分の心が到底受け入れられないような痛みを、無理に喉の奥へと押し込もうとしていた。夫は最悪永遠に音沙汰がないかもしれない、死んでいるかもしれないからそれを常に念頭においておけ、そしていち早く受け入れろと無意識のうちに自分に言い聞かせていた。そして少しでもその可能性を示すような出来事があればなおさら自分を追い詰める。ほらこんな事が起きた、やっぱりもう最悪な結果を受け入れるしかない、早く受け入れろと迫ってくる。未だに目の前の現実すら受け止めきれていない私の心に対してそれは酷刑だった。

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