置いていかれた会社と私

 経済センサスの書類が事務所に届いていました。もちろん私は会社の関係者でもなんでもないので、本来なら答えるべきではないのですが、回答がない場合罰金があったり調査員が家に来たりするらしいので、いっそ一昨年の決算報告書を元に大まかな金額でも書いて提出しようかと考えていました。が、いざ中身を確認してみると、授業員の給料も書かなければいけないので断念しました。

 夫は去年の中頃から行方がわからなくなっています。一人の会社なので、もちろん給料を出す人も貰う人もいません。私の知る限りでは売上も給料も一昨年とは変わっていないはずですが、さすがに半年だけ給料が出ていた状態にして提出するのは気が引けます。

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学歴ってなんだろう

 大学受験で一浪して、大学院受験でも二浪して、合わせて三浪してきた。大学院は結局うつ病をきっかけに諦めたけど、後悔はしていない。それにもかかわらず、今でも学校の悪夢を見る。

 課題の提出を忘れて留年するとか、期末テストの会場が見つからなくと迷子になって留年するとか、そういう夢。大学はちゃんといい成績でストレートに卒業できたのに、なぜか受験に落ちる夢じゃなくて大学に卒業できなくなる夢ばかり見る。どうしよう、人生終わった、勉強しなきゃって魘されながら起きて、それから自分は大学をちゃんと卒業できたって現実を思い出すまで一分ぐらいかかる。

 コロナ禍どん真ん中の時期に大学通ってたから、一年ぐらいずっと家でオンラインの授業受けてたことや、大学院の浪人期間にモチベをあげるために科目履修生やってたことも関わってる気がする。自分が大学生である期間と、大学生じゃない期間の区切りがぐちゃぐちゃになってて、その認識がはっきりとしない。

 私にとって実家は地獄だから、学生時代は喉から手が出るほど就職して自立したかった。一人でいきていけるようになりたかった。なのに大学院に進みたかったのは、研究に興味があるっていうのも嘘じゃないけど、それ以上に学校という存在にしがみつきたかったんだろうなあ。人と関わるのが苦手だけど、勉強はそれなりにできたから受け入れられていた気がする。社会に出ると勉強の能力以外の能力を求められる事をわかっていて、それだけを評価してくれる(と思いこんでいた)学校にしがみつきたかったんだと思う。

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ねえこれからどうなるの

 私ってなんだろうと最近はよく考える。一年前の自分が、夫が隣りにいて当たり前の自分が羨ましくて、一年前の自分が羨ましくなくなるのが怖い。どれほど遡っても遡っても、彼がいた歴史に辿り着けなくなるのが怖い。

 もうすぐ九ヶ月。九。未だに一ヶ月目と同じ質問を延々と繰り返してる。生きてるなら、どうして未だに家に帰らないの。生きていないのなら、どうしてそこまで思い詰めたの。わからない。一生わからないかも知れない。その展望への恐れが一日ごとに私を蝕む。体重が七キロ落ちた。幸せ太りだったのが痩せて標準体重に戻った。彼が居た頃は働きながら食事を工夫したり運動したり、ダイエットしても全然落ちないのに、今となっては無職で家に引きこもってるだけで七キロ。憔悴というのは本当にすごいね。

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愛情の限界を受け入れる

 彼が家に帰らないのは、それがいまの彼が私に与えられる愛情の限界だから。

 私が彼を探さないのは、それがいまの私が彼に与えられる愛情の限界だから。

 片方を責めることは、もう片方を責めることにつながる。逆に言えば、片方を許すことは、もう片方を許すことにもつながる。今日、ふとそんな風に考えた。

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絵と文字2

 もはや自分は、昔と同じような自分として生きてはいけないという現実を、常に突きつけられている。長い間、美しい絵が描ければ、生きられるのではないかという推測を抱えていた。どんなに辛い出来事があっても、自分が心酔できるほど美しい絵を描く能力さえあれば、どうでもよく思えるのではないか。上司に叱られても、同僚と仲良くなくとも、病気に苦しんでも、いつかまた絵を描いてうっとりする時間がやってくると思えば、耐えられるのではないか。

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絵と文字

 精神が苦しみに耐えきれず死を願う時はいつもいろんな作品に助けられていた。音楽、漫画、アニメ、小説、映画などなど。その時の苦しみに合致する何かを必死に探して、見つければしばらくは苦しまずに延命できる。気づけばまた地獄の底に落ちてはまた蜘蛛の糸を見つけて這い上がる。何度も繰り返していくうちに、もはや登るのも落ちるのにも疲れてしまった。もうずっと、地獄で暮らすか死ぬか。難題である。

 近頃、創作に助けられている。苦しい原体験を昇華させることを目的とする創作者は多いのではなかろうか。他人の作品の続きが出るまで生きて、終わればまた新しい作品が出るまで生きる。自分の作品を完成させるまで生きて、完成すればまた新しい作品を始める。このループを生きる意味にするのが、他人の存在に依存せず一人で持続しやすいのでいいのかもしれない。

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他人のために生きたくないけど生かされている

 夫が失踪してからは会話の相手も会う人間も殆どが義母一人になっている。失踪についてはいなくなった次の日には義両親に伝えていたが、義父は実家に滞在して義母が駆けつけてくれた。

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苦しんでほしい、幸せになってほしい。自分が憎い、あなたが憎い。

 私は彼に対する罪悪感で自分が憎いと感じるのと同時に、今までの人生で他人の言動で自分が不幸になってきたことに対する怒りを感じる。自分を苦しめたい気持ちと幸せになってほしい気持ちが両方ある。

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聞かれない安心

水道業者の方に漏水の疑いがあると教えていただき、トイレの水がずっと流れていた事に気が付きました。寂しさと怖さを感じました。電話が苦手な私のために、家のことはいつも夫が代わりに電話をしていました。私を大切にしてくれる彼はもういないのだと、こういう時いつも痛感します。そして、今住んでいる物件は夫の名義で契約しているので、何故夫はいないのかと聞かれるのが怖かった。実際、家賃を代わりに支払うために問い合わせた時は、なぜ今まで通りに振り込みで支払えないのか聞かれた。仕方なく失踪している件を伝えると、相手は少し困ったリアクションをしていたが、特に触れずすぐに手続きを進めてくれたことを覚えている。ありがたかった。

今は家にいないと答えると、何かしら署名が必要とか、どうしても本人がいなければいけない場合は嘘をつくべきか、どんな嘘をつくべきかと思い悩んでいた。

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可能性よりも信じたい気持ち

私は昔からペシミストで現実主義者だった。常に最悪な結果が起こるだろうと想定して生きてきたからか、それもあってか小さなトラブルで不安になりやすい。また、現実から目を逸らしてはいけないという妙なプライドがあって、学生の頃は現実逃避をしている友人や同級生にイライラして刺々しい言葉をかけていた。成人してから度々申し訳ないことをしたと思っていたが、今はさらにそれを痛感する。

私は、自分が楽観的に考えたり期待した結果傷つくのが怖いから、そういう性格になったのだと思う。自分が100傷つかなくていいように、60ぐらいさきまわりして傷ついておく。その結果どんどん心労が蓄積されていく。小心者でビビリで、なのに責任感が強いからすべて一人でなんとかして抱えようとする。夫が失踪した件において、この性格は私を大きく苦しめた。

私は自分の心が到底受け入れられないような痛みを、無理に喉の奥へと押し込もうとしていた。夫は最悪永遠に音沙汰がないかもしれない、死んでいるかもしれないからそれを常に念頭においておけ、そしていち早く受け入れろと無意識のうちに自分に言い聞かせていた。そして少しでもその可能性を示すような出来事があればなおさら自分を追い詰める。ほらこんな事が起きた、やっぱりもう最悪な結果を受け入れるしかない、早く受け入れろと迫ってくる。未だに目の前の現実すら受け止めきれていない私の心に対してそれは酷刑だった。

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