可能性よりも信じたい気持ち

私は昔からペシミストで現実主義者だった。常に最悪な結果が起こるだろうと想定して生きてきたからか、それもあってか小さなトラブルで不安になりやすい。また、現実から目を逸らしてはいけないという妙なプライドがあって、学生の頃は現実逃避をしている友人や同級生にイライラして刺々しい言葉をかけていた。成人してから度々申し訳ないことをしたと思っていたが、今はさらにそれを痛感する。

私は、自分が楽観的に考えたり期待した結果傷つくのが怖いから、そういう性格になったのだと思う。自分が100傷つかなくていいように、60ぐらいさきまわりして傷ついておく。その結果どんどん心労が蓄積されていく。小心者でビビリで、なのに責任感が強いからすべて一人でなんとかして抱えようとする。夫が失踪した件において、この性格は私を大きく苦しめた。

私は自分の心が到底受け入れられないような痛みを、無理に喉の奥へと押し込もうとしていた。夫は最悪永遠に音沙汰がないかもしれない、死んでいるかもしれないからそれを常に念頭においておけ、そしていち早く受け入れろと無意識のうちに自分に言い聞かせていた。そして少しでもその可能性を示すような出来事があればなおさら自分を追い詰める。ほらこんな事が起きた、やっぱりもう最悪な結果を受け入れるしかない、早く受け入れろと迫ってくる。未だに目の前の現実すら受け止めきれていない私の心に対してそれは酷刑だった。

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寂しくてどうにかなっちゃいそう

朝起きてリビングに向かえば彼がいる。おはようの後にハグをする。朝食を一緒に食べる。今やっているゲームが面白い、こういうアニメにハマってるなど趣味の話題で盛り上がる。彼より早く起きれた日はいつも寝顔をしばらく眺めていた。愛するひとの寝顔とはこんなにも愛おしいんだ、まるで生まれたてのひよこを眺めているようだと毎回胸がいっぱいになった。目を閉じていると、まつ毛が長いのが余計に目立っていて、いつもの印象とのギャップが不思議でついみてしまう。時々彼が変な寝癖を作って起きると、笑って写真を撮って彼にみせると、彼は恥ずかしそうに慌てて髪を整える。二人で写真を一緒にみて笑う。

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延命治療

今の私には、とてもじゃないけど彼のいない世界で生きていこうとは思えない。彼がいない人生と向き合えば向き合うほど、なんて意味のない時間なんだと気付かされる。どんなに美しい景色も、素晴らしい人間も、面白い娯楽も、私にとってはまるで無意味に感じる。世間にとっては宝物でも、私にとっては彼の髪の毛一本の価値もない。虚しい。何一つ幸福の種になりうるとは思えない。

彼がいない人生を受け入れる。彼の行方がわからない不確かさを受け入れる。これらがゴールとして推奨されているのは知っている。確かにそれができるなら生きていけるだろうなとも納得する。しかし今はどうしてもできない。なぜ生きなければいけないのだと反論したくなり、目指したいとすら思えない。むしろ、たった半年でそう思えるほうが気が狂っているんじゃないかな。

治せない病気は延命治療をするしかありません。

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過去は生まれ変わり世界は葬られる

主人の失踪が苦しいのは、目の前にある喪失だけでなく、彼と過ごした幸せな過去ですらも否定されてしまうことが一因を担っている。アニメを一緒に観てゲラゲラ笑って盛り上がったり、ゲームで真剣勝負をしてお互いムキになっては、終わったあとに楽しかったと言い合ったり、念願の旅行先でへとへとになりながらも満喫して穏やかな時間を過ごした。時々二人でスーパーのお惣菜を買って晩酌して、午後に彼が趣味で淹れているコーヒーでデザートを楽しみ、静かな会話の合間にふと幸せだと言い合うような日々だった。喧嘩をしてすれ違ったり、大変な目にあった時もあったけど、二人で支え合って乗り越えてきた。辛い思い出がすべて霞んで見えるぐらい圧倒的に幸せだった。ずっと彼もそう感じていたと堅固な確信を持っていたが、今ではほろほろ崩れた虚しい残骸を眺めるばかり。

朝から晩までずっと共に過ごしてきたこの三年間。平穏で至福に満ちた二人の世界は寿命が尽きるまで続くと信じて疑わなかった。いつか事故に遭うかも、病気になるかもと不安に駆られたことはあっても、結婚してたった半年でこのような終止符を打つとは思いもしなかった。私にとって彼は、朝になったら太陽が昇り、春になったら桜が舞うのと同じように、疑うのすらバカバカしいほど真隣にいて当たり前の存在でした。私の半身のような、あるいはもう一人の自分のような彼。そんな彼が想像だにしない苦しみを私に与え、二人で必死に努力して築き上げた生活を自らの手で葬った。その事実が私という人間のすべてを震撼する。

もはや、この世で信じられるものは何もない。確かなものなど一つもないと感じてしまう。諸行無常という言葉が後味の悪いスープのように私の体に染み入る。愛着を手放したほうが楽だとわかっていても、はいそうですかで手放せる人はいるのだろうか。少なくとも今のわたしには決してできない。仏陀にも僧侶にもなれない。

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帰り道で気付いたこと

空の写真を撮るのが好きだった。晴れ渡った空の色味、バラバラな形状を持つ家屋が作り出す影法師、温かな夕日の色。時間を切り取りようにふと立ち止まってシャッターを押すと、その瞬間の細やかな感動が永遠に続くように思えた。でもあなたがいなければただの帰り道だと、あなたがいなくなった世界で初めて気付かされた。空と家と太陽光。それだけのことだった。

最愛の人が失踪したこの地獄を遺す

最愛の人が半年前に失踪しました。スマホと家の鍵と身分証を持たずに家出しました。彼の口座からは全額数百万円分のお金が引き出されていた。パソコンに残された最後の検索履歴には自殺に関する文言がたくさんありました。

私はそういった当時の状況や彼と交わした言葉と過去の記憶、思いつく限りの手がかりを数え切れないほどに反芻して、答えが永遠に出ない質問に対して不毛な推測を延々と繰り返す。気が狂いそうになるほどに自分を問い詰める。彼は生きているのか。死んでいるのか。どうしてこんなことをしたのか。何を考えているのか。今もつらい思いをしていないだろうか。ちゃんとご飯を食べてお風呂に入っているのだろうか。暖かいところで寝ているだろうか。私のことが嫌になったのだろうか。失踪を選んだ自分を過剰に責めているのではいないか。知る由もないことをただ延々と繰り返す。臆病だから自ら死ぬことはできないと言葉にしていた彼なら、生きていてくれるのではないか。生きているのならいつ帰ってくるのだろうか。どんな理由で帰ってくるだろうか。金を使い切った時に帰ってくるだろうか。どうしてまだ帰っていないのか。私のことが心配じゃないのかな。死ぬのならいつ死ぬのだろうか。どんな理由で死ぬだろうか。一人で思い詰めて衝動的に望んでいない死を選んでしまったらどうしよう。もしくは行き先で事故で亡くなったりしないだろうか。見つけてあげられずに、彼は知らない人たちに囲まれた冷たい土の中に葬られるだろうか。延々と、延々と繰り返す。私は逃げている。私を苦しめる以外になんの役にも立たない質問の群れから必死に逃げている。少しでも長く生きるために必死に目をそらして頭をそらす。

私が死ぬことで彼が健やかに生きられるのなら死んであげたい。四肢を取り上げられ、内蔵を売りさばかれても死に際に彼と一言交わして、顔を一目見られるのならきっといずれ頷く。私の死が彼を苦しめるなら躊躇うが、もはやそんなことすらもわからなくなってしまった。どの道そんな都合のいいことはできない。この世に魂と引き換えにどんな取引も応じてくれる、やさしい悪魔は存在しない。ただ彼が生きている儚い可能性を捨てきれず、この生き地獄を耐えて耐えて耐えて耐えていくしかない。

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